7/14/2010

小サバのマリネ初挑戦!

TAIBOWSでいま流行中の「小サバのマリネ」に挑戦しました・・
ま~自分的には器用な方と思っている割に、料理に手を下すことは殆どありません。ところが、最近のTAIBOWS掲示板に刺激され、今日はその挑戦に至ったわけです。
サバを3枚に下ろすことからやってみました。これも初挑戦だったので試行錯誤の連続・・だんだん上手くなったところで捌きは終了~手がベタベタで写真はありません。
で、片栗粉をつけて、、空揚ですが・・焦げすぎかもね・・

次に、TAIBOWS船長のレシピを真似て玉ネギ&ニンジンをさっと炒めました。
別途、甘酢を作りました。酢+みりん+砂糖+酒も少々、で一煮立ち・・これでいいのかな~!?
これで準備完了・・で、船長レシピの通りに玉ネギ炒め→小サバ→玉ネギ炒め→小サバ っと、
5層くらいタッパに敷きつめていきました、、最後にもちろん、甘酢をヒタヒタまで・・
た~くさんなんで・・親類への自慢用に小タッパにも詰め合わせて・・出来上がりはこんな感じ~!
まだ試食していません・・で、「どんな味」かは分かりません。
たぶん大丈夫、と思いますが、、どうかな~!?  ^^

7/06/2010

化石!?

昨年、コタキナバルの海岸で釣りをしている時に見つけた「謎の石=ブログに掲載」ですが・・
その「謎」が解けたので報告します。
あれ以来、いつも気になっていた事柄で、今回、思い切って福井県の恐竜博物館と国立博物館に画像を送って鑑定をして頂きました。両館とも「インキョGGの好奇心」にお付き合い頂き、親切に教えていただきました。
回答を要約すると、、
①火成岩の場合、マグマが地上にあがってくる時に周囲の石が取り込まれる。
②堆積岩の場合、砂岩中に「大きな礫=石の塊」が取り込まれる。
・・で、この画像の場合、砂岩の中に取り込まれた「礫」の可能性が非常に高い。
なので、化石の可能性は極めて低いことが分かりました。

「しかしながら、写真の足元あたりに、指紋のような渦巻状もしくは一部屈曲したような線が見えるように思えます。これは詳細な写真がないと判断できませんが、何らかの化石の可能性は完全に否定できません。」
↑
と言う所見を、恐竜博物館の担当Dr.から頂戴しました。これはインキョGGの夢を若干でも残してあげたい・・との博士の親切心と有難く受け止めさせていただきました^^
実は、、、新発見の「新種恐竜の太もも」っと、ず~っと密かに思っていたんですが・・^^;

6/25/2010

a letter from Malaysia

今年の旅の第2弾・・“マレーシア編”は残念ながら取りやめにしました。
我が家のワンコ、PONCOの具合が思わしくないのが一番の理由です。16歳になり、老衰と昨年摘出した腫瘍が再発、あちこち転移して獣医からは「何でも好きなようにさせてやって」・・と宣告されてしまいました。
そんな折、きょうマレーシアから手紙が届きました。小さな旅行会社のオバさん社員からです。最初、長距離バスのチケットを買いにいったのが縁の始まり。今年もドリアンのシーズンが来たよ~!っと、わざわざ新聞の切り抜きも同封してありました。ドリアン大好きのインキョGG夫婦がそろそろ現れるのでは・・と、ありがたい心遣いですね。

ほど良いお湿りで、今年のドリアンはジューシー!品質も上々~っと「THE STAR」紙がジョージタウン発で伝えています。「うー食べた~いいいっ!」

真っ赤な果実のドリアンは、サバ州コタ・キナバル発の記事。ボルネオ島・カダザンドゥスン族の集落で見つかり栽培されているそうです。味はニンジンみたい、、というから、ちょっとイマイチかな~!?ピンク色のドリアンは見たことがありますが、こんな赤いのがあるのは初めて知りました。

6/18/2010

NIKE=ニケ(インキョGGの考察)

南アで熱戦が続くFIFAワールドカップサッカー。選手たちのユニフォームは判で押した様に殆ど全て“NIKE”ですね。
そのNIKEのロゴマークの由来について、トルコ旅行中のエフェソス遺跡(世界遺産)で、現地のガイドさんから聞いた話が気になっていました。その遺跡での彼の説明では、ギリシャ神話の勝利の女神NIKE(ニケ)が左手に月桂冠、そして右手にはトウモロコシの葉を持っていて(画像参照)それらは共に勝利の象徴、、とのことでした。そして、ナイキはニケの英語読み、つまり“ナイキ”で、ロゴマークは「トウモロコシの葉」と・・彼のその説明に「なるほど~」っと納得して帰ってきました。

そして・・今日、NIKEについてネット検索してみると・・・
ロゴマークは「女神ニケの羽」をデザインしたものである、との記述しか見当たりませんでした。ニケの背中のハネ・・!?
シロクロをつける問題ではないけれど・・アマノジャクのインキョGGの考察では、どうみても「天使の羽」よりも「トウモロコシの葉」の方が説得力あり・・と思われてならないのですね。このニケが手に持つものは「棕櫚の枝」というトンチンカンな記述もたくさんあります。
今は世界にときめくNIKEですが、最初は日本の運動靴を輸入して販売するオレゴン州ポートランドの小さな会社だった・・なんて事は、今になってはどうでもいいくらい“世界のブランド”になってしまいました。因みに、ブランド嫌いのインキョGGの運動靴は“ムジルシ”です・・わっハハ~!

6/10/2010

世界遺産を巡る旅・WEBアルバムを作成

阪急トラピックス・世界遺産周遊の旅、WEBアルバムを作成しました。
画像はサムネイルをクリックで拡大→右クリック→名前をつけて画像を保存・・でダウンロード可能です。ご入用の画像がありましたら、ご遠慮なくお使いください。スライドショーの表示も可能です。
追伸1:
インキョGG関連を除き、参加されたメンバーの方の画像は「プライバシー」に関わる事項なので掲載していません。ただし、類推できる可能性のあるものが、若干含まれていますがご容赦ください。
追伸2:
ギザ・クフ王のピラミッドをYouTubeにUPロードしました。

6/08/2010

世界文明発祥の地(Ⅱ)

プールサイドにナツメヤシが林立するピラミッド近くのホテルは「CATARACT RESORT PIRAMIDS」 コテージ風で一見素晴らしい感じではありましたが、メンバーの部屋でトラブル発生~!ある部屋は、(大変珍しいケースと思いますが)一晩中蚊との戦いで、なんと60匹を仕留めたそうです。翌日、ハウスキーパーが全室にモスキートバスターを配布して回りました。


そのホテル前の道路を、ロバが荷物を引いて通っていきました。この光景、牛や馬が引いていましたが、インキョGGの幼少時代にも日本のあちこちで見ることがありました。エジプトではロバは今尚、運送の原動力とし立派に活躍しています。


エジプト考古学博物館です。ツタンカーメンの黄金マスクが展示してあります。デジカメは持ち込み禁止・・入館時には厳しいセキュリティーチェックを受けなければなりません。収蔵品は巨大な数で、10室に分かれている「お宝」の数々を「これ日本円幾らだろうな~?」っと思いながら観てきました。売店で、ツタンカーメンの絵葉書を2枚購入・・し、店員さんに「ここに日付とあなたのサインお願いね」っと、変なニッポンGGの注文を笑顔でやってくれました。


博物館の庭に、靴磨きのオヤジさんがいました。「おいでおいで」をするので、つい人生初体験の靴磨きをやって貰うことに・・ピッカピカになった靴を「撫でてみろっ!」っと、、仕上げに透明オイルの様なものを塗ったのにサラサラ~っとした感触~さすがプロのワザ!御代は10エジプトポンド・・両替した金5000円也を、これにて全部使いきりました~^^


NILE=ナイルです。滔々とした様は、まさしく大河・・川幅こそそんなに広くはなかったのですが、世界3大文明を育んだ母なる姿は悠然としていました。蛇行して澱んでいるメナム・チャットプラヤに比べ、その澄んだ水と豊かな流量とに、古代エジプトの栄華を偲ばせるものがありました。


オールドカイロ市内のひとコマ。エジプトでは極めて珍しいキリスト教徒のセルギ・オース教会の壁に沿ってバナナが実っていました。カイロ市内の木々は、砂を被るためか何れも白く埃っぽく見えます。そんな中、このバナナの葉は瑞々しい緑色でした・・


ブーゲンビレアも、エーゲ海の島々に引けをとらないくらい綺麗に・・・


川岸のフローティングデッキのレストランで、この旅で最後の夕食をとりました。そのデッキからナイル上流に向かって撮りました。ナイル悠久の流れです・・


その夕食のメインプレートは“ハトの姿焼き”この照り焼き風のハトに、我が阪急トラピックス最優秀添乗員・Nさん持参の醤油をつけて・・ほんとマジ美味かった~


レストラン中庭でパン焼きをするエジプトのご婦人が2人。パンを焼きながらいつも観光客の動向を注視しつづけます・・その訳は、チップを要求するためです。シャッターチャンスは彼女が顔をそらした一瞬です・・されど、このケースでは「発見」されてます^^; でも、払いませんでした^^


見納めピラミッドの遠望です。帰国のカイロ空港へ向かう途中、ガイドが絶好ポイントでバスを止めてくれました。カイロ初日に、市内のビルの合間から見えたピラミッドに感動したのですが、この景色は3大ピラミッドが悠然と佇んでいます。

このシーンは、15日間に亘る旅が幕を閉じようとしている場面でもあります。そして、関西空港着~名古屋駅解散まで、全員何事もなく“楽しかった旅”が完結いたしました・・
阪急トラピックスの旅・メンバーの皆さん・添乗員Nさん、お疲れさまでした。そして、想い出深い楽しい旅を有難うございました。最終章にあたってに感謝の気持ちを記したいと思います。<END>
PS:一Q&エイコの旅はまだまだ続きます・・

6/07/2010

世界文明発祥の地(Ⅰ)

ピラミッド素晴らしかった~!ナイルは滔々と流れていました。
でも、やっぱり泊まったホテルはネット接続不可でした。“文明発祥”の地なのに・・!?
エジプトの象徴は何といってもピラミッド、中でも最大はギザ・クフ王のものですね。一日300名限定入場のこのピラミッドに、背中を丸めて急斜面を登り玄室にたどり着きました。気温36度Cやっぱりカイロは暑い暑い。


360度どこを見わたしても砂の中、ここは砂漠・・デジカメを構えるとラクダに騎乗したツーリストポリスがどこからともなく現れます。そして、右手の親指と人差し指をさりげなく・・そして大胆にスリスリします^^・・なので遠ざかったところを撮りました^^;


ラクダの向こうのピラミッド、、いいショットが撮れました・・と思います!?

そのラクダにエイコ姫が「乗りたい」と言い出して、アラビア風のカブリモノを船長ちのミエコ姫に拝借し・・しかし何か嬉しそうではありませんね~顔が~!?


ギザの3大ピラミッドの遠景です。雄大な砂漠を「姫」のラクダは遠くへ更に遠くへ・・そこには王子さまとお月様はありませんでした・・とさ。


ピラミッドと並んで有名なスフィンクスを見物しました。顔は人間、身体がライオン・・直近でみると、その迫力に圧倒されます。


その顔をクローズアップしました・・当初、彩色されていたとのこと。何千年という途方も無い歳月が、その姿と空を見つめる眼差しが、歴史の深さを伝えている・・と思いました。


砂漠の砂は「黄な粉」みたいに細かいです。その黄な粉が風に舞って、あたり一帯いつもボヤ~っと・・あの黄砂現象みたいです。


ダシュハールの屈折ピラミッド、赤のピラミッドを見物・・サッカラの階段ピラミッドも、以前にTVで何度も観た記憶のあるものでした。メンフィス博物館では、ラムセス2世の巨大像を手に触れられる場所から見物できました。


カイロ周辺はもちろん砂漠。そんな環境でも平気な「DATE PALM=ナツメヤシ」が至るところで栽培されていました。砂漠の民が古来から利用してきた重要な栄養源。この完熟した果実は砂糖漬けの様に甘かった。

昨夜11時に帰宅、旅の疲れでバッタンキュ!っと、いうわけで、エジプト訪問記はとうとう帰国後になってしまいました。
日本のインターネットは速い・・たくさん画像UPができます^^・・けど、ここで小休止~^^;
世界文明発祥の地(Ⅱ)へ続きます。

6/03/2010

ぐるっと回って2800キロ・・

トルコ周遊の大キャラバンを終え、イスタンブールに再び戻ってきました・・きょうホテル・フロントで貰ったアクセスコードでやっと接続できました~!さすが大都会ですね・・ネット環境がやや良好の様です。
この旅日記、パムッカレでぷっつり途切れて3日ぶりの復帰になります。実は、パムッカレのホテルではWiFiフリーの筈がアクセスできせん・・で、フロントにPCを持参、入れ替わり立ち代り・・最後はマネージャーまで登場するも全員ダメ~!次の宿泊地、アイワルクのホテルでもWiFiに接続しながら何故かIEに繋がりませんでした。


今回の世界遺産巡り7番目、ヒエラポリス遺跡や有名な石灰棚を見ました。流れ出る温泉成分の石灰が山肌に結晶となって幻想的な美しさに生成されたもので、大変見応えがありました。

その真っ白な結晶の上で、野良のワンコが2匹気持ちよさそうに昼寝してました・・

185kmを移動しエフェソス遺跡へ・・
紀元前一世紀の港町で、栄華の跡は今尚発掘続行中。画像は図書館跡です。遺跡からは昔、ドイツ隊により貴金属などが大量に発掘されベルリンへ。第二次大戦で、ロシア軍により戦利品としてモスクワへ、とその運命の道を辿っているとのことでした。


当時、既に水洗トイレがあり、そのトイレで気持ちよさそうに座っているのは、れわれの観光ガイドを務めてくれたトルコ人のMEDINさん。彼の日本語はリズミカル・・心地よい響きがあって行く先々で歴史の勉強をさせてもらいました。


トルコは国中が深い歴史に覆われている感じ、、至るところで何千年もの時の流れを思い起こさせてくれます。そんなひとコマを切り取った石柱のてっぺんに、コウノトリが子育てをしていました。田舎の風景や、人通りの激しい街中にも悠然と飛んで巣作りをしていました。


アイワルクを発って150kmほど、あのトロイの遺跡がありました。トロイの木馬はコンピュータウイルスでも有名になりました。トロイの木馬の伝説を聞くと、なるほど~!?ウイルス名にピッタンコの命名・・かも!?


アジア側、トロイ近くの港からフェリーで海峡を渡り30分でヨーロッパ側に上陸・・狭い海峡は自動車運搬船など、多くの大型船が行き交っていました。


海峡を渡った海岸のレストランで鯖の塩焼き風オリーブ焼きを食べました。ここでも、特産のナッツや土産もの屋が軒を連ねていました。


トルコ2800キロの旅で最初から最後まで世話になったバスです。ALI=アリさん(写真の奥)はいつもニコニコ・・大変律儀そうなドライバー。おかげで快適な旅を楽しむことが出来ました。ホテル駐車場では、朝一番にタイヤをピカピカに磨いたり、ドライブインの休憩時間にもバスを奇麗に洗ったり、ほんとにほんとにご苦労さんでした・・↓


イスタンブールに入り、夕刻、ホテルのチェックイン前にバザールを見物・・
観光客の往来に加え、凄まじいまでのトルコパワーを見せ付けられる市場の光景・・夥しいい物量と人々のパワーに圧倒されます。


大急ぎでブログUPしました。1200枚以上の写真を撮りましたが、画像選びは難しい・・^^;旅の記録も随分飛び飛びになってしまいました。
さて、明日は空路カイロに向かいます。カイロではWiFiに接続できなかったら、日本に帰ってからの更新になるかも知れません。
アフリカ大陸・初上陸~!旅はまだまだ続きます・・・

5/31/2010

今夜はコンヤ・・

カッパドキアの朝、青空に浮かんだ気球です。きょうもいい天気~!
イスタンブール~アンカラが450km、アンカラ~カッパが310km、今夜の宿はコンヤでカッパから230km。イスタンブールから西安まで、シルクロードの道程ほんの入り口を・・それでも既に距離約800kmになりました。


カッパドキアのホテルから歩いて15分に、観光客目当ての土産屋が軒を連ねる街があります。朝の散歩を兼ねて見物に出かけました。


コンヤへ向かう道中でランチタイム。きのうに引き続き又洞窟のレストランで・・夏涼しく、大雪の降るこの地、冬でも中は大変暖かいそうです。洞窟は珍しさと経済性の合理的な建造物ですね。


紀元前何千年も前から、カッパドキアの人々は洞窟で暮らす様になったそうです。その洞窟を掘る道具がレストランの入り口に展示してありました。


1985年に世界遺産登録された「地下都市」を見ました。紀元前1600年、今から3600年前からのもので、1000名の住民が一緒に生活し敵の侵入を防ぐ為の地下要塞を構築しました。地下には各々の居住空間のほか、共同井戸、礼拝所、ワインや青銅器工房をも備えていたそうです。


地下都市遺跡前の広場で、なんとも長閑な商売を発見!三輪オートバイの上が仕事場で、靴の修理をしていました。


コンヤへ向かう中間地点、トイレ休憩は隊商宿の町でした。その昔、シルクロードを行き来する隊商の運搬物資を盗賊から守るため、道中の主な交易地などに造られた国営施設です。高い石積みの外廓に囲まれて、商人は三泊まで無料で泊まる事ができたそうです。


城壁の広場で、絵葉書などを売っている子供たちがいます。顔つきはアジア人、目の色が青・・と不思議な感覚の取り合わせの子供もみかけます・・さすが東西の交流点ですね。
その広場で白人の夫婦連れに「カメラお願い~」と声をかけられました。はいポーズ!「メルシー」っていわれて・・ついでにお互い記念撮影~・・で、これも立派な東西交流ですね^^


今夜の宿はコンヤにて・・
到着後、さっそくネット接続のチェック!WiFiではなくデータポートがあり、今までで最高の500kbpsが出てます。・・で、きょうは画像UPたくさんできましたー!
かなり上等なホテル「RIXOS KONYA」のディナーを堪能し、ホテルの周りを散策~
なんと、、富士山が遠くにみえました~静岡までちょっと距離がありすぎ・・で、ちょっと小さめの「フジヤマ」でした~^^;
トルコはいま夏時間、午後9時8分・・で↓この明るさです。

トルコ周遊はまだ道半ば、カイロへ飛ぶイスタンブールまで残り1200kmほど。トルコの世界遺産を巡る旅は合計2000km~大キャラバンはまだまだ続きます・・