2008年6月26日木曜日

6月25日(水)の続き(日本人墓地)

セピロックから帰って、午後からサンダカン市内地図を貰いにツーリストインフォメーションへ。受付のオバさんが「え~日本から~!」っと、ビックリした様子。聞けば、今月2人目と言う事で、奥さんの名前も書いといてー!っと、2人分の記帳をさせられちゃいました。
オバさんに日本人墓地への行き方を聞き、いざ出発。その前に、すぐ隣に博物館があったのでちょっくら見てきました。1945年、戦火で廃墟になったサンダカン市内、巾10mくらいの特大写真が展示してありました。ここは大東亜戦争当時、日本の占領地だったのです。

道順に沿って歩くと、鬱蒼とした坂の途中にアグネス キースの家がありました

間もなく丘の頂上、の所でまたまた南洋名物スコールが…運良く屋根つき展望台があって、間一髪難を逃れました。

そこで出会った生徒たち、日本でいう中学生です。インキョGGのデタラメイングリッシュよりよっぽど上手いですよー^^;;勿論、マレー語と両方を操るわけです。皆な、明るくフレンドリ~です。
世界を行き交う情報の75%が英語、と言われています。日本の中学生、いや大学生だって話せませんね。これって、情報の「村社会」状態、いや鎖国が解かれていない状況では・・ないかな~?!単純な一例ですが、ニッポン人、旅行ガイドがついてないと、海の外に出られませんですね。これでは、日本の将来が危ないと思います、事実、最近の日本の国際競争力の順位が急速に下がってきています。

その展望台は、サンダカン・ロータリークラブの寄付。創立50周年のメモリアルでした。ロータリーの皆さん、助かりました^^

雨が上がって、その展望台からのサンダカン市街の眺めです。

日本人墓地に向かう途中で見た中国人墓地。

さて、目標だった「日本人墓地」ですが、とうとう行き着けませんでした^^;;
クネクネの道がだんだん細くなるし、山賊が出そうな雰囲気が漂いだして・・
で、後で地図を詳細に検討して分かったんですが、あと一歩のところまで行っていました。情報誌に、ひったくり危険地区とありましたが、足に5ヶ所、蚊に刺されただけで無事帰還できたので、まー良かったことにします。サンダカン8番娼館の女将の作ったお墓は未到達に終わりました。

きょうは、夕方からツーリストインフォで貰ったパンフレットの、MANGROVE FIREFLY CRUISE WITH DINNER RM120 p/p に行く予定です。これから予約します。

2 件のコメント:

vicky さんのコメント...

なぜか、コメントは昨日へ入った???

先生に引きつきにお願いします。
熱帯雨林の写真を沢山撮ってね。

そして、英語も上達してね。
次回のメールはEnglish.

Vicky

一Q^^ さんのコメント...

ジャングル写真、また機会があったら撮りますね~
英語コメントはvickyは特に許可します^^;