11/26/2017

2泊3日の温泉旅行へ

11月25日(土)曇り。

朝、車が薄っすら雪化粧。この分だと、山は降ったかも・・!?
熊本市内へ向かう途中、阿蘇神社に寄った。
日本三大楼門と云われる壮大な門が、無残な姿になり再建中だった。
時々立ち寄る道の駅・阿蘇。ここのソフトクリームは美味絶品。
水前寺公園・・
池は阿蘇の湧水、清らかな水面に鴨が遊ぶ。
欄干の鳩。
鯉も。
う~ん、、これはいい・・!?
これもいいかも。
これはアオサギかも(モネ風)。
熊本城へ向かうと、あのとき砂煙をあげていた天守が見えた。
この無残な姿に・・
心痛の面持ちの観光客が詰めかけていた。外国からも多数・・
城内の銀杏だけは、何事もなかったように自然の風情を見せていた。
2機の大型クレーンと天守閣。復旧作業は進捗しているのか・・
奇跡の櫓。石4個で支えていた。
崩落した石が並べてあり、全てに記号が入っていた。

11月24日(金)曇り。

昨夜は強い風、防風林の松が騒がしいほどだった。
朝食を済ませ、チェックアウト。フェリーの出発まで島内見物に。

台風で倒れたオオシマザクラを切ったらハートが出てきた~!
観光パンフには、島の七不思議となっていた。
  東端に灯台があり・・
  明治37年、57mの断崖上に建てられた灯台は花崗岩造りの強固なもの。
光の到達距離は20海里。昭和38年に電化、45年に無人化された。
 その断崖上から望む国東半島。
島の至るところが釣りのポイントで、今はアジの時季との情報あり。
竿は2本用意したものの、風極めて強く断念。
午前10時25分の便で島を後にした。
昨日、半周した残りの半分を回って中津市にやってきた。
これで国東半島を一巡り。
中津の道の駅に立ち寄り、道路反対側の宝来軒でラーメンの昼食。
2泊目の宿、筋湯温泉を目指す。
その途中、中津市の観光名所青の洞門を見物した。
和尚が掘った明りとりの窓とか。
観光バスが何台も停まって、多くの見物客で賑わっていた。
禅海和尚の遺徳文。
その功徳碑。
ノミのみで30年、気迫が伝わる禅海和尚の彫像。
九重連山の筋湯温泉へ着つくと、雪がチラチラ。山が薄っすらゴマ塩に。
4年前に泊まったホテルへ行くと、チェーン持ってますか?
当然ながら「NO!」
すると、今日中に山を下りた方がいいかも・・っと、スタッフから親切なアドバイス。
と云うわけで、阿蘇の外輪山を望みつつ山を下った。
途中、いつもの予約サイトで調べた阿蘇・内牧温泉の宿を急遽のBOOKING。
駐車場は満杯!で、臨時Pに車を止めた。この時季の連休に、上手く取れたなー!?
明日は熊本市へ。

11月23日(木)晴れ。

毎年の恒例行事である温泉旅行へ。
宮崎自動車道を北上し、大分県・国東半島の沖合5kmの姫島へ向かった。

途中、延岡の道の駅に立寄ると、西郷どんの宿陣跡資料館が近くにあるとの
案内板があり、急遽訪れることになった。
資料館表札。
宮崎県指定史跡の表示。

西南戦争最後の決戦に敗れた薩摩軍が、明治10年8月15日から17日まで陣を張った
場所で、緊迫する軍議の様子がリアルな人形で再現されていた。
その史実を、音声案内で詳しく聞くことができた。
17日夜、背後の可愛嶽を超え政府軍の包囲網を突破した。
当時を物語る展示物も多数・・
来年の大河ドラマ“西郷どん”放送決定のポスターに思わず微笑んだ。
薩摩では、西郷どんは「せごどん」と発音する。
東九州自動車道、別府湾SAを暫く進んだJCTを大分空港方面へ。
国東半島を半周した先に、姫島行きのフェリー乗り場があった。
人口2000名程と云う島は周防灘、旨い魚で有名な豊後水道に位置する。
観光にも力を入れているようで、島を挙げての積極的な活動の様子がケーブルTVでも
紹介されていた。観光案内には、春と秋に飛来するアサギマダラの情報も。
 何でも島には案山子研究会があるそうで、毎年、新作を発表しているらしい。
宿に到着後、村営温泉でひと風呂浴びようと通りかかった田んぼで
この光景に遭遇してびっくり。
 凡そ案山子とは思えないリアリティー。
 農作業の途中の授乳や妊婦さんの姿まで・・
道路から見物する、通りすがりの観光客まで・・
全ぇ~んぶ、案山子・・!? 向こうの方の小川では、釣り人の姿も。
 刈り取り直後に“田植えの真っ最中”
 村営温泉は入泉料200円。
5名程の先客は全て村の面々。毎日だよ~!とのこと。
島に魚屋なし。魚は買うものじゃなく貰うもの、と笑っていた。
水揚げされた豊後水道の鮮魚は、神戸や大阪に出荷されるとのことだった。
ここは島民交流の場、小規模ながらその設備が物語っていた。
 懐かしの体重計。
 温泉でぽっかぽかになったところで、夕食は豊後水道の魚尽くしだった。
島特産の車エビは、ピチピチの踊り、塩焼き、フライの3種。

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