6/12/2013

スペイン夏の思い出8日間(Ⅲ)グラナダ

 三日目(02)。6月3日(月)夕刻。
バレンシアからの高速道路上で、雪をかぶったシエラネバダ山脈が左前方に現れた。坂道を下るとそこはグラナダ。アンダルシア地方の中心都市。
ホテルチェックイン前に、世界遺産散歩へ・・超有名なアルハンブラ宮殿にしては、随分控えめな表札だった。
グラダナは、イベリア半島最後のイスラム王朝が栄えた地。13世紀初頭から250年間、アラブの王が21代にわたってこの地を治めたとのこと。
コロンブスが新大陸を発見した1492年のこと、キリスト教徒がグラナダを奪回。イスラム最後のナスル王朝が崩壊し、この地を追われた。この際、戦ではなく無血開城だったとのことで、この後もアラブの最高傑作と云われる、優美なアラベスク様式の宮殿が無傷で後世に伝えられることになった。
 こんな歴史の光景のひとコマ、PRIUSが木陰に停まっていた。スペイン各地のTAXIに相当な割合で白いプリウスが使われていた。
 当時の大砲だろうか・・この頃の日本は、足利将軍の室町時代。
日本へ鉄砲がもたらせるのは1543年、キリスト教が伝わったのは1549年のことだから、キリスト教徒のグラナダ奪還から約50年後になります。
世界遺産アルハンブラ宮殿。夕日に赤く染まると、ひと際美しいそうです・・
 城壁の造作をよくよく見ると、花模様・・!?
 オリジナルに違いない城壁に、ジギタリスがよく似合っていた。
 格子窓の向こうに、オレンジが実っていた。この部屋でアラブのオバさんに出会った。
マレーシアで覚えた「アッサラーム アライクム」っと、挨拶したら「ワライクム サラーム」と返礼が帰ってきた^^~
 これがアラベスク、連続幾何学模様はイスラム様式の特徴・・
 イスラムは太陽が大嫌い。幾何学模様に月や星、動植物はあるが・・・太陽はありえない。
 ライオンの庭。昔は花で覆われた庭園だったそうですが、今は真ん中にライオン像がポツン・・と。
このライオンは12頭、時間経過と共に口から水が流れ出る頭数が増える仕掛けだったそうです。今は、そのカラクリはなく、水も出ていない。そして、これライオン・・かな~!?

“ 水の宮殿”とも云われるだけあって、自噴泉が宮殿内のあちこちに配置されている。砂漠の国からやってきたアラブ人にとって、水こそ生命だったのだろう。
アラブ様式をそのままに、後世の王朝に引き継がれていった・・
 如何なる動物か・・たぶんアフリカの。シルエットの向こうに町並みが見えた。
 山ふところのグラナダ市街。学生の町とも云われ、グラナダ大医学部を始めとするスペインきっての著名大学がここに立地しているとのことだった。
 中庭に日が射していた。石造りと緑は相性が良い。ヨーロッパの庭園に見られるトピアリー(刈り込み)の手入れが行き届いていた。
日本から来た柿の木とか。樹齢もかなりなものとお見受けした。もしかして、あの支倉常長の慶長遣欧使節団かな・・!?
白基調の花壇。白こそ空、空即是色アルハンブラにも・・!?。一番の贅沢、白。
フレームの向こうに、グラナダ市街が見えた。
これOPIUM、日本語で芥子(ケシ)です。
こことは全く関係ないけど、昨年6月、恐いもの見たさにゴールデントライアングルへ行った。そこにあったOPIUM MUSEUMを訪ねたが、その記憶が蘇えった。
アラヤネスのパティオ。
シエラネバダ山脈から流れ出る豊富な水。その水源を利用した自噴泉・・そして池。石と緑と水の調和が素晴らしいアルハンブラは、赤の宮殿とも云われるそうです。
バレンシアからグラナダに着き、ホテルチェックイン前にアルハンブラを見物した。宮殿の直ぐ前にホテルがあった。夕食はホテルレストランにて。
直ぐ隣りではドイツ人の団体さんが賑やかだった。そんなレストランが一層騒がしくなったのは、エスパーナサウンドの生演奏が始まったから・・
そのバンドは〝Tuna Universitaria de Granada"と云った。グラナダ大学のバンドとのことだが、学生にしては少々ヒネたメンバーもいたりして・・
Tunaはマグロだけど、ここはスペインだからね~^^;~スペイン語の歌は意味不明なれど、迫力充分だった。CD一枚10ユーロ、チップのつもりで買いましたよ。
バレンシアの市場で買ったイベリコの生ハム、みんなで食べました。食後のデザート・・!?
夕食後だったけど、生ハムだけに何時までも持ち歩き不可。で、思い切って腹に収めることに・・
そりゃ当然!美味かった!!

明日はMIJAS(ミハス)に向かいます。バルセロナから続く、コート・デル・ソル(太陽の海岸)最後の町。ピカソ生誕の地マラガも近いです。(つづく)

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