1/31/2021

焼き芋の季節

 1月31日(日)晴れ。

今年も焼き芋屋の開業~!?
昨年新調した薪ストーブ、一年ぶりに活躍の場が到来した。最近、焼き芋用の人気は「ほくほく系」より「ねっとり系」らしい。今回「シルキースイート」と云う芋を焼いてみた。古いコンクリ片の上に並べて・・
浅い植木鉢を被せる。
20分位で隙間から水蒸気が出てくる。その後やや青い色に変わったらOK~!石焼き芋風のスイートポテトの完成。
それにしてもパチパチ燃える炎の「ゆらぎ」は、いつ見ても心が癒される思いがする。
昨年散髪した欅の枯枝がひと山、この焼き芋の為に一年間熟成(!?)してあったのだ。ただ、庭の隅に積んであっただけ、だけど・・。
見上げると、次なる剪定が待っている。
そのケヤキの枝に焼き芋を吊るすと、メジロたちがやってきて「美味そう」に啄んでくれる。ときどきヒヨドリに追っ払われるけど、入れ替わり次々にやって来る。それを見るのも又、楽しみの一つである。
その楽しみ、少々難点がある。
と云うのも、煙の所為で服が燻製になってしまうのだ。匂いを取るのに洗濯が必要!これが厄介なこと。

1/23/2021

意外なこと

1月23日(土)曇り時々雨。

偶々と云うべきか、意外なことがあるものだ。
今朝、いつものコーヒー屋でモーニングについてきた茹で卵。殻をむき始めると「あれれ!?」中からトロ~リと何かが出てきたぞ~!それは半熟にも程遠い、生のままの黄身だった。
通りかかったおネーさんに「意外なこと、あるもんだね~」と。さっそく取り替えてくれました。それにしても、一つだけ!?とは考えられない珍現象。思った通り、茹で具合の単純ミス。勿体ないから目玉焼きにしたらいいのにね。
きょう、沖縄の友人からLINEで届いたのは”ヒカンザクラ”の開花画像。
え、え~!っと、驚くほどの早い桜。だけど今日の気温22℃とか、これなら桜も気持ちよく開く筈。今年の名護桜祭りは1月16日から~31日まで。日本一早い桜祭りだけど、コロナの所為でイベントはやっぱり縮小のようだ。
コロナ禍収束が見えないまま、早や一月も終わろうとしている。そんな中、真相は定かでないものの、オリンピック中止の声が海外発でチラホラ・・伝わってきた。

1/10/2021

あいちの民話を訪ねて

1月10日(日)晴れ。

きょうの中日新聞朝刊/県内版に”我が町内”に纏わる記事が載っていた。
この物語りは、実は昨年9月1日付けの”城之下町内会ブログ”に掲載した「花井(町名の謂われ)」とほゞ同じ内容のもの。
「花井」と云う地名についての由緒を紐解く記事で、町内会ブログの「教則本のお話し」と同様になっている。何れにしても昭和30年代ころまでは、実在していたもので、昔のことながらはっきり覚えている。
画像前方の電柱辺りに「井戸」があった。(R3/1/10撮影)

また、古文書に次のような「花井」についての記述が見られる。
『御高札場より三丁半戌亥に当る花井根古屋古城之出崎城之亥之方此井安原備中守在城のせつ清水の辺に桜桔梗有之に付花井と申由に申伝候』
この井戸については、当然ながら「諸説」があるようで、その一つについては「町内会ブログ」に載せた通りである。
この井戸の歴史的考察について、近世の郷土史家が著した(古代の鳴海地方考/鳴海叢書第15号)があり、以下に抜粋して転用させて頂いた。
その井戸は、字三皿の花井(野村三郎氏邸北側)と見るが妥当。従って、御船着場も三皿町の先端と見る可きである。鳴海城は根古屋城とも書かれたが、出崎城とも称せられた。これは地形上、字城の山の端(はな)が町名として山花と書かれ、又、端(はな)の井が花井と書かれ、花に因んだ伝説を生んだのであるが、山の端に湧き出た泉を云ったものであらふ。三皿は岬が訛って起った地名で、出崎の突端の船溜が、近代に亘っての鳴海の島街道の船着場である。往来の人々は、この花井の清水を汲んで渇を潤した。
(古代の鳴海地方考/鳴海叢書第15冊:抜粋/但し、読みにくい部分を一部修正した)

1/01/2021

新年に想うこと

 1月1日(金)晴れ。

穏やかな「令和3年の元日」である。

とは云え、それは日和のこと。この世は相変わらずコロナ禍に翻弄されたまま、新年を迎えることとなった。
令和2年の始め、武漢で確認されたコロナウイルス(COVID19)は、瞬く間に世界中に拡散されてしまった。夏ごろに一旦収束に向かったと思われたものの、大晦日には一日の感染者数が最大になったとの発表があった。
一日も早いコロナ終息と自らのボケ防止の希望を込めて、今年もデジタル年賀状を作ってみた(↓)
昨日の大晦日、昼ごろに雪が舞った。
灰色の空から降ってくる白い粒々を見ると、何となく嬉しくなる。温暖化の所為か、近ごろ余り見られなくなったので、つい動画を撮ってしまった。
今朝の主要紙新年号に「渋沢栄一さん」が載っていた。
画像は生誕の地、深谷市の記念館で今も講演を続ける「渋沢栄一翁」のアンドロイド。数年後、福沢さんに代わって「10000円」の顔になることが決まっている。更に、次の大河ドラマに登場するなど、今年は何かと話題が増えるはず。
彼は、明治黎明期の日本を代表する実業家で、岩崎弥太郎の「独占主義」に対し「合本主義」を唱え、近代日本の礎を築いた尊敬すべき人物である。
歴史で習った記憶が殆どないので「きりんが来る」に続く大河ドラマを今から楽しみにしている。
今朝の日経のキャプションに、彼が今の日本を憂う言葉があった。
「私がお札の顔になるまでに、ニッポンは立ち直れますか?」
「ニッポンよ、もの作りだけじゃダメだ。考えづくりだ。」
生涯に500の会社と、600の慈善団体を立ち上げた明治日本の賢者が、現世に甦ったら「もっと知恵を絞らんとダメだ~!」と嘆くかも。

12/06/2020

笹に花咲く(Ⅱ)

12月6日(日)晴れ。

昨日のこと、見知らぬご婦人の話から始まった「笹の花」ですが、今朝、あらためて新聞を確認すると、笹ではなく紛れもない”竹の花”の記事(12/5:中日朝刊)であった。

 そこで今日、再度の探索で公園内一角に黒竹の林を見つけた。新聞記事通り、確かに花がびっしり咲いている。

拡大してみると、イネ科の花はやっぱり稲の花とそっくり。
写真を撮った直後、新聞記事を手にしたシルバー世代の夫妻から「これ知りませんか?」と声を掛けられ「即答」で場所を教えてあげた。連日の偶然の縁(えにし)面白かった。
ついでに・・再度、
はやぶさ2の追加情報も記しておこうと思う。
カプセルが地球に帰ったのは、今朝未明(AM02:30頃)だった。足掛け6年、50億km余りの旅からよくぞ帰ってきてくれた。(↓)「これが見たくて睡魔に打ち勝った」
予定通り、オーストラリア南部の砂漠に降下したカプセル。
物々しい装備のJAXA担当者が「無事回収完了」
難しいミッション、日本の科学技術を世界が称賛している。今後、サンプルが分析され「新しい何か!?」が見つかるのを期待したい。
次なる壮大任務に向かった”はやぶさ2”を見守っていきたいと思っている。

12/05/2020

笹に花咲く

 12月5日(土)晴れ。

いよいよ明日、”はやぶさ2”が小惑星・竜宮から帰って来る。カプセル投下のあと、次のミッションで再び長い旅に向かうとのこと。
6日未明、最終段階のライブ中継を見たいとは思うものの、残念ながら自信がない。
日本の宇宙航空技術も”ナカナカ”なもんだと思う。
余りにも壮大すぎて、理解しがたい面もあるけど(↓)の図解で、何となく分かった気がする。
(↓)の2枚は、笹に花が咲いた画像。
きょう午後のこと、いつもように池の淵を散歩していると「朝刊に笹の開花が載っていたけど、ご存知ありませんか?」と、ご婦人から声がかかった。この池の何処かに咲いている筈・・と。「直ぐに見つかった~」
笹の群生が満開だった。笹に花がつくと枯れる・・定説通りなら、ここの全ての笹が間もなく一生を終える。「しっかり観察してやろう」ウオーキングの楽しみが、又ひとつ増えた。
小春日和のきょうも、水鳥の一団がぷかりぷかり・・と。
画像を拡大すると、数種類の鴨たちの姿。
池には餌があると思うけど、自然界で食べていくには容易ではない。時々、せっせと餌を撒く人を見かける。聞くと、鴨専用のエサとか。大喜びで啄んでいる動画←はこちら。
 
ユリノキは名古屋市のシンボルフラワーだ。
大木になり、初夏に百合のような花が咲く。秋に落葉した後、大樹に無数の実がついている様子は、初冬の淵で見応えのある景観になっている。

11/21/2020

ウオーキング習慣化!?

 11月21日(土)晴れ。

今月初めにウオーキングを始め、何とか3日坊主を免れた気がする。
健康診断結果の義務感に促されてのことながら、何となく面白くなって習慣になりつつある。

更なる秋の深まりに、蔦の紅葉が見事!と思うほどに染まった。
今日のコースには禅宗の古刹。ここは旧東海道筋の格式の高い寺である。
石段の右に「不許葷酒入山門」の碑が立つ。これは禅門を象徴するもの。
境内の片隅に、今は殆んど姿を見なくなった「二宮金次郎」の像がひっそりと佇んでいた。
桶狭間合戦では、織田方の重要な戦略地点であった中島砦跡に寄った。
善照寺砦に集結したように見せかけて、実はここから「桶狭間」へ正面攻撃を仕掛けたと云われている。今は民家が立ち並び、史跡を想わせるものなし。その銘板も遠慮がちに掲げられている。
中島砦は扇川(黒末川)と手越川の合流点にある。そこに白鷺が一羽、秋の日を背に小魚を待ち受けていた。
桶狭間合戦の後、廃城となった鳴海城の材木を再利用したと伝わるのは「真言宗・東福院山門」
(戦国時代の)鳴海城下に建つこの寺院。その由緒書きに、廃材利用とのことが記されている。現代に通じるエコシステムが、戦国の世でも活かされていた。
定番の散歩コース・新海池の畔。楓の落ち葉が絨毯のように敷きつめられていた。
周辺が公園として整備されている新海池はお好みのコースだ。
江戸時代前期に、新海五平治が尾張藩の許可を得て、灌漑用水として造った歴史ある池である。昭和30年代頃までは、鳴海西部地区の田圃に稲作の水を供給する重要な役目を担っていたが、今はその用に供されることがなくなった。
子供のころ、透明度の高い清らかな水にホンモロコが多数生息。ギヤマンで獲って佃煮にしたが、当時は貴重なタンパク源でもあった。水面に菱が浮かび、その実を茹でて食べたけど、どんな味だったか残念ながら覚えがない。
池のたもとに、周辺に見られる野鳥の掲示板がある。幾種類もの野鳥が見られる、市民憩いの場だ。
新海池の西岸一帯には「赤塚古墳」があった。昔、畑の中に盛りあがった墳墓があったのを記憶している。ただし今は史跡の板のみ、地域全体が住宅地になっている。

11/11/2020

11・11今日は何の日?

 11月11日(水)晴れ。

きょうは何の日・・!?
最近、よく耳にするフレーズだが、きょうは何と31個もあるそうだ。「1111」で「立ち飲みの日(何となく分かる)」「鏡の日(左右対称)」「ポッキーとプリッツの日(姿が似ている)」「チンアナゴの日(海底の姿から)」「侍の日(2本差しor西向くサムライから)」「乾電池の日(+と一)」等など。それにしても31個も、よくぞコジツケたものと感心する。

スマートウオッチのデータをスマホアプリで見た画像。設定の「5000」を超えると、振動とメッセージで教えてくれる。その他心拍数、体温、血圧、血中酸素濃度なども、任意の間隔で記録してくれるので有難い。

  
散歩の途中、目に留まるのはやっぱり木々の装い・・百日紅。
これはモミジバフウ・・
ケヤキ・・。7日(土)が立冬だった。冬の足音が近づいている。
10月9日(火)晴れ。
5千歩目標のウオーキングで、雉本博士の銅像を訪ねた。
大正時代、年貢に困った農民が決起した争議を農民側に立ち法的支援をした法律家。当時、国会でも問題になった騒動で、強硬な地主に対抗して訴訟を指揮。係争中に謎の死を遂げることになった。その後、農民と地主が和解し農民側が有利な結果を得ることになったと云われている。
博士を顕彰する銅像が、恩恵を受けた農民の寄附により昭和5年に建立された。

(創設碑文の中に、祖父(昭和20年没)の名があった)

11/10/2020

旧式PCをLinuxで動かす

 11月10日(火)晴れ。

なんとも「いい季節」になった。
ついこの前の灼熱地獄と比べれば、まさに天国。そして、各地の紅葉便りと街の装いも美しくなってきた。近くのモールの駐車場、その壁面の蔦が秋色になった。よく見ると、染まり具合が山の紅葉とは上下真逆だ。そのグラデーションの妙が又、たいへん面白い。
秋の夜長は読書・・灯火親しむころ、と云われている。読書の代わりにパソコン弄りも「いと楽し」と、へんな虫が動き出した。
旧型の富士通ノートPC(Windows 7)は廃棄待ちの代物。インテルDUO-1.6GHは一応起動するものの、スペック不足が否めない。
高速起動が可能と云う、こんな記事を見つけ早速試してみたくなった。USBデバイスに所定のファイルをDLし、Linuxをインストール完了。OSの起動順位をHDDからUSBに変更して・・
電源ON!!起動プロセスの文字列がパラパラパラ~
・・っと、立ち上がってきた~!初めて見る「LINUX」
っと、有線LANに接続中!(LANケーブルは繋げてないよ~!)
無償OS「リナックス・ビーンズ」の画面。
ブラウザはOPERAだった。WiFiを設定してインターネットに接続完了~!ところが、このオペラが曲者だった。プロキシの設定とか何とかカンとか!?ネットに繋がってもブラウザが開かず。WiFi接続もSSIDとKEYが毎度必要~!?(なんで記憶しないの?)
と云う顛末にて、Linuxは即!却下!!
以上、一夜の夢と化した次第。かれこれ四半世紀「Windows95の呪縛」から逃れられない残念な結末となった。