6月23日(火)曇り。
きょうは沖縄にとっての終戦記念日。
この日、平和の礎(へいわのいしじ)のある糸満市・摩文仁の丘では、沖縄戦で犠牲となった
多くの人々の鎮魂と、戦争のない世界を願う慰霊祭が行われました。
食料と生活用品の補充のため、名護のホームセンターとファーマーズマートに行き、
昼食に寄ったのは道の駅・許田。
名護市許田を通り更に北上すると、そこは亜熱帯原生林の山原=ヤンバル。
昼時の道の駅は満車状態だった。これらの車の殆どはレンタカーナンバーの「わ」と「れ」
鉄道網のない沖縄の足は、やっぱり車と云うことになるようです。
あの、巨大ジンベイザメで有名な美ら海水族館のチケット/1850円が
ここの売店では1600円で購入可能。コンビニなどでも、同額割引料金で買うことが出来る。
英文併記は沖縄らしいね・・高速道の発券機も「Please Take a Ticket」っと喋ります。
天ぷら全品50円。
けど、ランチはパンとアイスコーヒー。
・・と、カレーライスを頼んだ。
沖縄自動車道は那覇ー許田間を結ぶ沖縄唯一の高速道。
許田I Cは最北(終点)のインターチェンジ。
その許田から反転、一路南下しSさんが所長を務める県立公園に向かった。
で、忙しい中をあちこち案内していただきました。
公園内にある中城城跡は、古き琉球の息づかいを今に伝える歴史遺産。
2000年に、琉球王国のグスク(城)及び関連遺産群として
ユネスコ・世界遺産に登録された。
世界遺産、その標識。
中城は、首里王朝が成立する以前の、古琉球の城跡とのことです。
古琉球と呼称される時代は、14世紀前後の南山、中山、北山の三山時代から、
琉球王国として首里王朝に統一され、以後、17世紀に薩摩に侵略されるまでの
(沖縄の)歴史区分名とのこと。
(沖縄の)歴史区分名とのこと。
1853年、アメリカ艦隊ペリー提督は、浦賀沖に現れる直前に 琉球に来航している。
そのペリーが、この城郭の石組技術を賞賛したとの史実が、艦隊の随行画家・ハイネの
描いた絵画とともに遺されているそうだ。
この優れた石組み技術は、時代が下り、本土の戦国時代に築城の石工集団が
登場する以前に遡るとのこと。
登場する以前に遡るとのこと。
で、この石組み「どこかで見たような気がする!?」と。
昨年、インカ帝国の首都・クスコで撮った石組み画像と比較してみると
石質こそ違うものの、鍵組みの形状が全く同じではないですか。
インカ帝国と琉球王朝、時代も凡そ一致しているようにも思う。
この石畳、古(いにしえ)の時代そのままなのだろうか・・!?
一角のソテツに、琉球を感じた。
城郭の頂上に至り・・
石垣に立ち下界を眺めると、中城湾から太平洋が広がる。遠くに知念半島を望む。
散策路に沖縄特有のノアサガオが一輪。
暑い中の一回り・・暫しの休憩でひと息ついた。マンゴーアイスは濃厚な味。
で、沖縄の「さんぴん茶」も。
これ一週間飲んでたら、ウチナンチュの気分になってきた^^~
これ一週間飲んでたら、ウチナンチュの気分になってきた^^~
これはSさんの事務所。
実は、出来たばかりの県立公園。と、云うより只今整備の真っ最中とのこと。
それもその筈・・
カーナビに住所入れても、TEL番号入力しても「該当無し」だった。
事務所で、壮大な完成予想図を拝見!これが完成したらスゴイと思った。
と云うことで、
完成半ばの、真新しい遊戯器具が設置されているパートを順に見せてもらいました。
完成半ばの、真新しい遊戯器具が設置されているパートを順に見せてもらいました。
これはBBQ施設。周辺の芝生広場はキャンプスペースとのこと。
自前のテントを持参して、ファミリーキャンプでBBQ。沖縄ならではのライフスタイルを
楽しめそうですね。
楽しめそうですね。
ヘルスコンシャスのスペース。
これ、足裏マッサージコーナー。歩くと激痛を覚悟しなければなりません。
背中をゴシゴシ・・
イボイボのチェア。
奥の斜面に子供の声が弾んでいた・・
冒険心を誘う遊具。其々の器具には適応年齢が記されていた。
日陰で休む大人を尻目に、子供達は大はしゃぎ。帰りの車では爆睡の予感。
未完成部分も多く、木陰もなし。
少ない予算をやり繰りし、あの壮大な完成予想図の完工を目指すのみ。
Sさんの仕事は未知なる冒険の連続かと。 子供たちの冒険心とともに。
Sさん、ご案内を頂きありがとうございました。
Sさん、ご案内を頂きありがとうございました。
2015年夏・沖縄の旅(つづく)
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